皿倉山は、帆柱山系の最高峰であり、神功(じんぐう)皇后の伝説が多く残る山としても知られ、山の名前の由来はこの山に登った神功皇后が下山するときには日が暮れていて「更に暮れたり」と言ったことから、この一帯が更暮山または更暗山と呼ばれ、それが皿倉山に転じたと言われています。
福智山は昔、役の行者が英彦山から宝満山へ峰伝いに空を飛んで唐国に渡り、帰路は、福智山から入って宝満山・英彦山へ帰っていったと言われています。以来、「修験山伏の春の峰入りは宝満山から、秋の峰入りは英彦山から」と言われるようになったと伝えられ、福智山は英彦山六峰の一つに数えられています。