はじめに|この章は「世界が真っ暗になった日」
第1章では、
- 天と地が分かれる 天地開闢(てんちかいびゃく)
- イザナギ・イザナミによる 国生み・神生み
- 禊(みそぎ)から生まれた 三貴子(アマテラス・ツクヨミ・スサノオ)
までをたどりました。
この第2章は、その三貴子のなかでも
- 太陽の神:アマテラス
- 海と嵐の神:スサノオ
この姉弟のすれ違いから始まる、
「世界が一度、真っ暗になった物語」=岩戸隠れ の章です。
1. 三貴子それぞれの役割と、すれ違う姉弟
黄泉の国から戻り、禊(みそぎ)を終えたイザナギは、三貴子にこう役割を与えました。
- アマテラス:高天原(たかまのはら)=天の世界
- ツクヨミ:夜の世界
- スサノオ:大海原(おおうなばら)
それぞれが、
- 昼と夜
- 天と海
- 光と影
といった「世界を支える担当」を任されます。
しかし、スサノオだけは仕事に身が入らず、
「母イザナミに会いたい。黄泉の国へ行きたい」
と泣き続け、海を治めるどころか嵐を起こして暴れまわります。
業を煮やしたイザナギは、ついにスサノオを追放してしまいます。
豆知識|ツクヨミがあまり出てこないのはなぜ?
三貴子のうち、アマテラスとスサノオ は物語の主役級で描かれますが、
月の神 ツクヨミ は、ほとんどエピソードが登場しません。
- 月の満ち欠けと暦(カレンダー)
- 潮の満ち引きと海
- 農耕と季節のリズム
など、もともとは月の神も重要な役割を担っていたと考えられており、
本来ツクヨミが持っていた神格の一部を、
スサノオ側に“移した”のではないか、という説もあります。
「目立ってはいないけれど、世界のリズムを支える静かな神」
として意識しながら読むと、月の存在が少し立体的になります。
2. 高天原にやってきたスサノオ|最初は「良い弟」だった?
黄泉の国へ行く前に、スサノオは姉アマテラスに別れを告げようと、高天原へ向かいます。
突然、高天原に荒ぶる弟が近づいてくるのを見て、
アマテラスは一瞬「攻め込まれるのでは?」と身構え、武装して待ち受けます。
しかしスサノオはこう主張します。
「姉上にお別れを言いに来ただけです。
悪意がないことを、誓いの儀式で証明させてください」
ここで行われるのが 「誓約(うけい)」 という儀式です。
お互いの持ち物から神々を生み出し、
どちらが清らかな心を持っているかを確かめる、という神事で、
結果としては スサノオの側から生まれた神々が“吉”と判定 されます。女の神様をたくさん産んだからとのことです。
このときアマテラスは、
「あなたの心は清いのだと認めましょう」
と、弟を受け入れます。
最初の段階では、アマテラスはスサノオを信じている。
ここがポイントです。
3. スサノオの暴走と、アマテラスの限界
ところが──。
そのあとからが、問題の連続です。
田んぼや作物を荒らす
スサノオは田んぼの畦を壊し、水路を埋め、
実りつつある稲穂の上を馬で走り回るなど、やりたい放題。
周囲の神々は慌てふためいてアマテラスのところへ駆け込みますが、
アマテラスは最初、弟をかばいます。
「きっと、土地をよくしようとしているのかもしれません」
「水路を変えて、もっと作物ができる畑にしようとしているのかも」
アマテラスが 「言霊」 の力でそう語ると、
田んぼは元どおり、あるいは畑として整っていきます。
神殿での「やりすぎた悪ふざけ」
しかし、スサノオの行動はさらにエスカレートしていきます。
- 神聖な殿の周りにフンをまき散らす
- 清められた神殿を汚してしまう
これもアマテラスは、
「お酒に酔ってしまっただけかもしれません」
と、なんとか“良い方向”に解釈してカバーしようとします。
姉として、リーダーとして、
アマテラスはずっと「弟のために我慢していた」 わけですね。
4. 天岩戸へ|太陽が洞窟に隠れるとき
決定的な事件が起こるのは、そのあとです。
アマテラスが機織り女たちとともに、
神事に使う神聖な布を織っていたとき──
- 機織り小屋の屋根が突如破られる
- 皮を剥がれた馬が落とされ、暴れまわる
- パニックの中、機織り女の一柱が命を落としてしまう
この一件で、アマテラスは限界を迎えます。
「私がスサノオを放っておいたせいで、
こんなことになってしまった……」
自分を責め、
「高天原のリーダーとして失格だ」 と感じたアマテラスは、
高天原の岩山にある洞窟 天岩戸(あまのいわと) に駆け込み、
内側から岩戸を閉ざしてしまいます。
その瞬間、
太陽の光は世界から消え、すべてが闇に包まれます。
5. 天安河原での作戦会議|八百万の神が集結
太陽が隠れたことで、
- 高天原も
- 地上の葦原中国も
すべて真っ暗になり、
作物は育たず、祭りも行えない“停止した世界”になります。
事態を重く見た神々は、
八百万(やおよろず)の神々が集まる大集会 を開きます。
この会議が開かれた場所とされるのが、
天安河原(あまのやすがわら)
です。
- 川沿いの大きな岩屋(洞窟)の下
- 現在も、無数の石積みが並ぶ印象的な景観
- 宮崎県高千穂町にある「神々の作戦会議の場」とされるスポット
ここで、知恵の神 思金神(おもいかねのかみ) を中心に、
「アマテラスにもう一度外へ出てきてもらうにはどうするか?」
という作戦が練られます。
6. アメノウズメの舞と鏡|岩戸が開く一瞬をねらって
思金神が立てた作戦は、かなりユニークなものでした。
- 天岩戸の前に神々を集める
- 音楽・踊り・笑いのある「大きな宴」を開く
- 岩戸の前に鏡を用意しておく
- アマテラスが顔を覗かせた瞬間、力の神が引き出す
この作戦で大活躍するのが、
芸能の神 アメノウズメ(天鈿女命) です。
- 岩戸の前で踊り始め
- 身振り手振りもどんどん大胆になり
- 衣装もはだけるほどの激しい舞に
それを見ていた神々は大笑いし、宴は大いに盛り上がります。
岩戸の中のアマテラスは、不思議に思います。
「太陽である私が隠れているのに、
外でどうしてあんなに楽しそうに笑っているの?」
我慢できなくなったアマテラスは、
岩戸を少しだけ開けて、外の様子を覗きます。
すると、そこには鏡に映った 自分自身の姿 が。
- 「あなたよりも尊い神がお出ましになったのです」と神々
- 驚いて身を乗り出すアマテラス
- その瞬間、力の神 アメノタヂカラオ が岩戸を引き開ける
こうしてアマテラスは岩戸の外へ引き出され、
世界に再び、太陽の光が戻ります。
豆知識1|戸隠山になった「投げ飛ばされた岩」?
アマテラスを岩戸から引き出したあと、
アメノタヂカラオがその岩戸を力いっぱい投げ飛ばした結果、
その岩が今の長野県・戸隠山(とがくしやま)になった――
という伝承が各地に残っています。
長野の戸隠神社は、
- 天岩戸が飛んできた先の聖地
- アメノタヂカラオゆかりの地
としても知られていて、
「高千穂(宮崎)で閉じた岩戸が、戸隠(長野)へ飛んだ」と考えると、
日本列島全体で一つの神話マップが描けてきます。
豆知識2|鏡がご神体になった理由
このときアマテラスを外へ引き出すキーアイテムとして用いられた鏡は、
のちに 八咫鏡(やたのかがみ) として、アマテラスそのものの象徴となります。
- 伊勢神宮・内宮のご神体も鏡
- 鏡の前に立つ=太陽神の前に立つイメージ
「自分の姿を映す鏡」=「内面を見つめる道具」 が
ご神体になっているのも、日本らしい感覚ですよね。
7. 二度と隠れないための「しめ縄」という仕組み
アマテラスが外に出てきたあとも、
また岩戸に戻ってしまっては、再び世界は真っ暗です。
そこで神々は、
- 岩戸の前に しめ縄 を張り巡らせ
- 「ここから中には戻らない」という境界線を引きます
この「二度と隠れないようにするための結界」こそが、
今も神社やご神木の周りに張られるしめ縄のルーツだと伝えられています。
神社でしめ縄を見かけたら、
「ここは、アマテラスがもう引きこもらないように
境界線を引いた“あの日”とつながっている」
とイメージしてみると、参拝が少し楽しくなります。
8. “穢れ”と“清め”|日本人の感覚に響くテーマ
岩戸隠れの背景には、第1章で触れた 禊(みそぎ) と同じく、
日本人が大切にしてきた 「穢れ(けがれ)」と「清め」 の感覚があります。
- ショックな出来事や、行き過ぎた行動
- 場の空気を壊してしまう振る舞い
こうしたものは、神話の世界では 「穢れ」 として描かれます。
穢れは、
「気(エネルギー)が枯れた状態」=「気が枯れる → けがれる」
とも説明されます。
そこから、
- 水で身を清める禊
- 神職によるお祓い
- 神田を荒らしたスサノオを、言霊で“よい行い”に変えようとするアマテラス
といった、「状態をリセットして元の自分に戻る」ための行為が
繰り返し登場してきます。
現代でも、
- 神社の手水舎で手と口を清めてから参拝する
- 人生の節目にお祓いを受ける
といった習慣に、この感覚は生き続けています。
9. 神話とつながる今のスポット
天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)
- 宮崎県西臼杵郡高千穂町
- アマテラスが隠れた 天岩戸 を御神体とする神社
- 東本宮・西本宮があり、社殿の奥に「岩戸」があると伝えられています
※岩戸そのものはご神体のため、遠くから拝む形になっています。
天安河原(あまのやすがわら)
- 天岩戸神社から川沿いを進んだ先にある、大きな岩屋
- 八百万の神々が「どうやってアマテラスに戻ってきてもらうか」を話し合った場所とされます
- 洞窟の中に、願いを込めて積まれた小さな石がびっしり並ぶ、不思議な空間
高千穂エリアを歩くと、
「ここで神さまたちが本気で“場を立て直そう”としてたのかも」
と、物語の続きを想像しながら散策できる“聖地巡礼スポット”になっています。
10. この章のまとめ|暗闇のあとに戻ってくる光
第2章「岩戸隠れ」では、
- スサノオの暴走を、アマテラスが長くかばい続ける
- 機織り小屋の事件をきっかけに、アマテラスが天岩戸に隠れる
- 世界が暗闇に包まれ、神々が天安河原に集まる
- アメノウズメの舞と神々の笑い声、鏡とタヂカラオの力で岩戸が開く
- しめ縄によって「二度と引きこもらない」ための境界線が張られる
という流れをたどりました。
ここで押さえておきたいポイントは、
- リーダーが折れてしまうと、世界全体が暗くなる
- それを立て直すのは、説教ではなく「場をつくる力」や「笑い」
- 穢れは“完全な悪”ではなく、「清め」によって再スタートできるもの
という、日本神話らしいバランス感覚です。
次の第3章では、
高天原から追放された スサノオ が地上に降り、
出雲の地で ヤマタノオロチ退治 や
子孫 オオクニヌシ へとつながっていく物語へ進んでいきます。
「光を取り戻したあと、
その光を“地上の誰が受け継いでいくのか?」
そのバトンリレーが、第3章と第4章のテーマになってきます。









